こるこには、さばと行く。

過去の自分に、今のオレかっちょいいと言わせたい日記。

物の終わりと、系譜。

物が壊れるとき、それは物の役目を果たし終えたときなんだと思う。

 

私が割と最近まで気に入って使っていた

I'm thirsty というロゴが書かれていた500mlボトルは

どしゃ降りの雨の日に、カバンの中もどしゃ降りにして割れた。

「おまえはもう十分潤ったから、俺はもう必要ない。じゃあな!」

という感じに潔くボトルの底が一刀両断ぱかっと割れていた。

 

昔、母が飼っていたペットのうさぎビビクロも

私が高校卒業した次の日すぐに逝ってしまった。

彼は私よりもずっとあたりまえに私たちの家族だった。

私は彼を撫でるばかりでろくにお世話したこともないけれど

なぜかその時は小さく固くなった彼を抱いていた。

小さい頃に擬似冬眠させてしまったキンクマ

最愛のカールゴッチの冷たさと固さを知っていたから

温度が薄らぐ体を冷たいケージに戻すことができなかった。

結局その日は小学生の時と同じようにビビを抱えたまま朝まで起きていた。

どうしていいかわからなくて離したら重さを失う気がして

なんとなくそうしておかなければいけないような気がした。

 

 

あたりまえは小さな一つを欠いただけでも

もうあたりまえではなくなってしまうらしい。

 

父方の祖母が亡くなったときも

私と最初に出会った時からもうほとんど話せなくて

思い出なんかほとんどないに等しかったのだけれど

なぜだか涙が止まらなかった。

もう大泣きするほどのガキンチョでもなかったし

死が怖いとか涙もろい感動屋でもなかった。

 

時に、私はなんの因果かわからないけれど父方の曾祖母

祖母の母にあたる人と同じ生まれで好物まで同じだったりする。

なんなら曾祖母の誕生日会でわざわざ用意された

彼女の大好物のカニを当時3歳にして横から奪って食い荒らした武勇伝まである。

最悪のガキである。

 

その所以からか祖母の安らかな顔を見たとき

大切な血脈が途絶えてしまったような気がした。

私自身が悲しいのではなく本能が泣いてるようだった。

 

最近なんとなく感じるのは全ての縁はどうやら

繋がっているらしいということだ。

物との出会いも、人との出会いも、言霊一つ取っても

出会いによって人は歪められていく。

 

生まれたばかりのひょろっちい芽も、ちょっと育った若木

出会うことで幾多の人生に選択、枝分かれが生じて

あるはずのものがあったりなくなったりする。

人の心を道を変えてしまう。

そうやって丈夫な木に育っていく。

根っこが子供の時からずっと変わらない人は

きっと杉の木のようにまっすぐでっかく太陽に向かって育っていくんだろう。

 

私の中にも木がある。

イメージに一番近いのは松の木だ。

グニャグニャ曲がってまっすぐ生えないし、とても手がかかる。

幹も枝も細っこくてすぐ折れそう。葉っぱはトゲトゲで触ると痛い。

でもお正月のおめでたい時なんかは門松になって

目立ったりなんかしちゃって、みんなと宴を楽しんじゃったりして。

そして、ゆくゆくは和風庭園にこの人ありと言われるべく

出会いによって手入れされ、長い年月をかけてゆっくり育つのだ。

 

その長い年月を全てじゃなくていい。

大切だと思うもの、時間を共にするものだけは

せめてできるだけ丈夫に長生きしてほしいと思う。

そして一緒の時間を過ごしてくれたらとても嬉しい。

 

もしも、今日、父が死んだ場合。

父の日の前日だというのに、父が死ぬ夢をみた。

 

別に今はあの人に対して、憎しみはない。

全くの他人のような感じで、今何をして過ごしていようが特に興味もない。

 

父の死に様は描かれなかったけれど葬式の模様は緻密だった。

母はハンカチを忍ばせながら啜り泣き、あるいは呆然としていて

そのほかの遠い親戚たちも同様に啜り泣いていた。

そんな中、ほぼ親族とも疎遠になっている私は

皆と同じように喪服に包まれながらもその様子を他人事のように眺めていた。

 

寂しくも悲しくも悔しくもないのに

ただ自分の心を支配し続けてきた記憶がごっそり抜け落ちるような

空虚な思いだった。

 

たぶん、どうでもいいとは思いつつも

父と私の関係に落とし所を求めているのだと思う。

おそらく父が死ぬことで、過去の行き場を見失ったのだ。

 

その後、私はあの家に戻った。

母は父の遺品を全て捨ててしまったようで、家はがらんどうだった。

父の布団も、とても大事にしていたオーディオセットも

美術展のポスターも、彼のものは何一つ残されず

その上、母が好きだったであろう植物たちも何もなくなり

引っ越したばかりのような殺風景な部屋になっていた。

 

私は母となら家族の時間をやり直せると思って

あの家に戻ったのだけれど、母にとってはやはりそうじゃなかった。

母ですらあんなに父への悪態を言い続けていたのに

結局あの人は父が好きで、その場所を私が埋めることはできないんだ、と。

大人向け恋愛漫画にありそうな片思いをしているような気持ちになった。

 

私は一応マザコンの自覚がある。

でも、それはただの思春期の片思いのようなもので

母の愛を独り占めしたい、子どもの駄々みたいなものだ。

ただこっちを振り向いてほしかっただけだ。

 

結局家に戻っても、私は母に必要とされなかった。

あの人は今まで以上に家に帰らなくなった。

父の死亡保険で降りた金を使って

自暴自棄のように海外旅行へ行ったり

鬱憤を晴らすように豪遊する日々を送るようになった。

 

 

そこで目が覚めた。

 

中高生の頃あんなに死ねばいいのにと呪詛を唱え続けたのに

実際あの人が死んだとして、もはや私にはあの家に介入できないらしい。

母はやっぱりどこまで行っても男がいないと生きていけない人なのだ。

飲み会に誘われまくっても、ヨガや山に登って健康に気を遣うようになって

たくさんの友人に囲まれるような人であっても

やっぱり結局父なのだ。私ではない。

 

でも、特にそれを寂しいとはもう思わない。

あの人の人生だ。最初から最後まで。

そして私の人生も最初から最後まで全て私だけのものだ。

だから、それでいいのだ。

 

父の日の前日に私の未来を決めるであろう夢が見れてよかった。

私の心はまたひとつ家族とのけじめをつけることができた。

 

明日、父の日に素敵な花を一本だけ贈ろうと思っている。

「私は今とても幸せです」という意味を込めて。

 

母の日と父の日に贈る、花に込める思い。

私たち母娘は父からDVを受けていた、というのは前に少し話したと思う。

 

現在、施設に入って一年を過ぎた。

 

母の誕生日を祝わなかった代わりに

私は母の日に小さなカーネーションのブーケを送った。

黄、橙、薄緑のビタミンカラーで和やかなブーケだ。

 

母には情熱や愛を表す赤や

可憐で愛らしいピンクは似合わない。

 

豪胆で人好きのする母だから

調和をイメージさせるようなオレンジや黄色、緑のブーケを選んだ。

 

花言葉

橙が純粋な愛

黄が嫉妬、軽蔑、失望

緑が癒し

 

そのブーケをそっと実家のドアノブにかけてきた時には

花言葉の意味なんて知らなかったけれど

まんま今の私の心情を表したようなブーケだった。

 

その図太さや無神経さに救われて愛しいと思ったこともあるけれど

いつまでも言葉が届かない、届いても響かない落胆もあった。

彼女にはおそらく今も私の声は届いてない。

あれから2回母に会ったけれど

母は私が家を出て行ったことに関して

まるでなかったことのように振る舞った。

それにすごいがっかりした。

遠い親戚にでもなってしまったかのような他人行儀な振る舞いに。

母は細やかな神経なんて鼻から持ち合わせていないから

そんなことを期待しても無駄だとわかりつつも

私がどんな気持ちであなたにもう一度電話しようと思ったのか

あなたはそこすらもわかってくれなかったのかと。

 

それ以降、花を贈るという行為は

自分で言うには少し気に食わない表現をするなら

人より心が繊細で言葉少なな私にはぴったりだと思った。

言葉にできない強い思いを物言わない美しい花に託すということが。

そして花にはポジティブな意味とネガティブな意味を両方持つものがある。

それがまた人の心を表しているようで素敵だと思った。

 

私は父の日もたった一本黄色のバラを贈ろうと思う。

 

父の日に黄色のバラを贈ることは慣習となっているらしいけど

誰に贈るかによって花言葉が変わる。

黄色のバラを恋人に贈ると

薄らぐ愛や笑って別れましょう、という意味があるらしい。

 

恋人どころか父を愛したことは一度もなかったけれど

なんとなく贈りたいと思った。

 

憎しみを込めて贈るわけじゃない。

 

自分があの人を許すために必要な儀礼だと思うから贈るのだ。

 

あの人がどう受け取るかはわからない。

ただ忌々しいだけなのか、もしほんの少しでも愛が残っているのならば

複雑な気持ちになったりするのか。

 

私は一度だけ父の愛を垣間見たことがある。

 

ふきという絵本が父の枕元に置いてあったことがあった。

本邦初公開となるが、私の下の名はふきという。

 

切り絵でいかにも日本昔ばなしの絵本には

ふきという強く儚く死んでいく少女と

その死を悼む男が語り手としてこの世に遺されて終わる。

 

ふきという少女の執念深さには

幼少期の私の根っこの部分にひどく共鳴して涙が止まらなくなった。

周りの人間がどう思うかよりも

自分が行くべきと決めた道を突っ走って

敵うまいとわかってても一人で戦いに行って

あっけなく死んでしまう。

 

 

まんま私の生き方そのものだと思った。

 

それを父がどんな気持ちで読んだのかわからないけれど

きっとおそらく私と同じようにやるせない気持ちになったと思う。

 

父は神経質で劣等感とプライドが高く

自分の思い通りにならないこと、約束を違えることや

裏切りが絶対に許せない人だった。人に見下されるのが我慢ならない。

だから強くあろうと振る舞って、それでも内面はボロボロなのだ。

人を許さないから、もちろん自分の妥協も許さないし

そうあるべきを体現しようとしている人だった。

実際にそれを叶えるだけのパワーも持っていた。

因みに父が好きな映画監督はハードボイルドで繊細かつ

信念を曲げない、つよつよで漢すぎ作品輩出しまくりの

クリント・イーストウッド監督である。

 

嫌だと思いつつもそこは同じ遺伝子だからなのか

あの人と私の心はよく似ている。

父が映画プロデューサーだったこともあり

ホラー映画、戦争映画、漢映画は見せられまくった。

と言うか、父がいるときにはバラエティは見れなかったので

テレビはだいたい映画かニュースしか見た記憶がない。

あと夜中中ずっとうん百万のオーディオセットで大音量重低音で

大クラシック演奏会を開催するのもほんとまじでやめてほしかった。

しかも、それを近所迷惑含め抗議したところ

「こんな素敵な音楽を夜中にかけてやってるんだ。逆に安眠できるだろ。」

ともはや無茶苦茶な主張をし始めて、安眠妨害で訴えてやりたかったし

なんなら警察にしょっぴいてもらいたかった。

そもそも私はクラシックが嫌いだとかそんな話はしてない。

夜中みんな寝てるんだから音量を下げろと言ってるだけだ。

 

今思えばおもしろおかしく聞こえるが

うちの家族まじで話通じない奴らばっかだったなぁと思う。

そういった趣味嗜好の押し付けは当時の自分には迷惑極まりなかったけれど

父が持つ知識や感性は意外にも自分が思っているほど嫌いじゃなかった。

 

ただ私はあの家では人じゃなくて、おまけだった。

グリコに付いてくるおまけ。

あったらちょっと嬉しいけど、別になくてもいいやつ。

そいつが面倒かけ始めたら、こいつめんどくさいらないってなるじゃん。

 

つまり、私には人権がなかった。

家族という体を取りつつも話に加わる権限がなかった。

おまけに父と違って私はできの悪い劣等生だ。

 

負けん気はそれなりに強い方だったと思うが

要領が悪くてずっと負けっぱなしだった。

 

最初のうちの負けは原動力になるけれど

それはいつかの勝ちのための原動力であって

成長してる!次こそはいける!を得られない負けを重ね続けて

勝ちへのモチベーションを持ち続けることは難しい。

どんな分野であれ、それができる人をきっとプロと呼ぶのだろう。

 

あの頃は自分の未熟さに歯ぎしりの絶えない日々だったが

私はそれでよかったと思っている。

子どもなんだから未熟でいいのだ。

立派じゃなくていい。生意気でもいい。役立たずでいい。

過去の自分として戻りたいとは思わないけれど

今の私があの頃の自分を許してあげられる大人として

そばにいてあげられたらと思った。

 

タイムマシーンに乗ったら、こう言うんだ。

「よう!未来からきたお前だ。未来のお前はけっこう幸せにやってるぞ。

お前はこの先プロにはなれなかったし、今からのお前の人生まぁまぁしんどいけど

今は唯一の理解者を得て、お前が本当にほしかったものは全部手に入った。

だから、そんな目で睨んだり歯ぎしりしながら生きていかなくて大丈夫だぞ。」

って。

おそらくこの程度じゃ、あの頃の自分には

「何を言ってるんだ、この危ない奴は。」と一蹴されるだろうが

それでもめげずに毎日あのこまっしゃくれに話しかけるのだ。

なぜなら、あの頃の私に必要だったのは頼ることができる心優しい大人だったからだ。

 

 

私がさばと出会ってもうすぐ一年に近づこうとする今

最近身をもって知ったのは、人を許したり人を慮るような気持ちで行動すると

なぜだかその優しさは直接もしくは間接的に自分に返ってくるのだ。

それがなぜなのか未熟な私にはまだわからないけれど

これからもその優しさを配れるくらい余裕のある自分でいたいと思う。

 

それはきっとこれからの人生に幸せを重ねていくことだと思うから。

 

 

そんな気持ちがほんの少しでも父に届いたらいいと思う。

 

苦い将棋といちごの香り。

昼過ぎの庭からは、いちごの甘い香りがした。

庭にいちごなんて植わっていないのに。

 

その香りを嗅ぎながら食堂に向かう途中

ありがとうの気持ちを思い出した。

 

いろんな人にありがとうを伝えたい気持ちになった。

だから、ここに記しておこうと思う。

 

私は将棋をやめてから、何度か将棋に向き合おうと思った時期があった。

将棋が好きだから。理由はただそれだけでいいはずなのに

あまりにも無残な負け方をすると、すぐにでもやめてしまいたくなって

勝ってもあまり感動することなく、将棋の負けの辛さに向き合えなくなった。

 

好きだから。という理由だけでは、大人になってから続けるのには足りない。

例えば、将棋の強さより将棋をする人たちと仲良くなりたいとか。

もっともっと強い相手に挑み、強くなりたいからなのか。

将棋の戦法を研究したり、詰将棋を作ったりするのが好きなのか。

団体戦とか大会で活躍したいのか。

将棋を知らない人たちに将棋を教えるのが好きなのか。

 

趣味にだって、好きの理由があるはずだ。

どんな風にそれをやっていきたいのか。

 

私にはそれがなかった。

続けたいがための明確な理由。

将棋が好き。

それは確かだった。

将棋をやってきたおかげで、たくさんの世界と出会って

私にはもったいなくらいの賞をもらったこともある。

 

将棋の勉強は基本的に一人でする。

でも将棋を作るのには二人いる。

 

私は有名になりたいわけでも賞が欲しかったわけでもなくて

たぶんずっと友だちが欲しかっただけなんだ。

 

将棋で楽しい場面を思い出すと出てくるのは、いつもライバルがいた時だ。

同い年で小学生から高校生まで一方的にライバル視していた子。

小学生の低学年のほんの短い間、よく盤を挟んで遊んだ子。

高校生くらいの頃、同じ将棋クラブに通っていたちょっと生意気な後輩。

 

その中の一人は、今プロになって活躍しているようだ。

新四段インタビューであの時と変わらないステキな笑顔を見たときは

なんだかすごくよかったなぁと思った。

何も変わっていない、ただ将棋が好きなあの頃の君と全く同じで

すごくホッとしたんだ。

彼には棋士としてというより、人として幸せになってほしいと思う。

 

私はプロを目指していた。

そして強さを求める将棋を続けたことで欠けてしまった人間だ。

将棋のせいにするなんて本来お門違いも甚だしくて

全て己の心が弱いせいだと重々わかっている。

 

その上で言う。

将棋は時に対話で哲学でもある、と私は思う。

相手が指した手から、あなたはなんですかと問いかけられる。

将棋は私にとって私を作るものだった。

その問いに答え続けることで、私は自分になっていた。

心が曲がれば将棋も歪む。

私の心は勝ちを望めば望むほど消耗して限界を迎えて、歪んでしまった。

勝っても上には上がいて、周りも自分とほぼ同じくらいの実力で

上がりたくても黒星が重なって停滞して

自分がどこにいるのかわからなくなって

将棋を指すことを楽しいと思わなくなってしまった。

 

将棋が好きなはずなのに行き場所がなくなってしまった。

好きなのに続けたいのに自分を信じられなくなってしまった。

歪んでしまった弱い心が現れた将棋を

自分自身がこれ以上醜くなっていくのに耐えられなかった。

 

そして、私はプロになれなかった。

というより、その土俵にももはや立てていなかった。

逃げるようにして今になった。

 

でも、今ようやくこれで良かったんじゃないかと思えるようになった。

私が描いたような夢は何も叶っていない。

ストイックに上を上を目指すような世界に私はいない。

 

むしろ反対方向だ。

中学生の私がそこにいたら

「何を平和ボケしているんだ」と侮蔑の視線で睨め付けられただろう。

時間をゆっくり過ごして、自分の体と愛する人と一緒にほのぼの生活だ。

私は私の新しい幸せのカタチを見つけた。

 

少なくとも、私は欠けて歪んでしまった自分を救えた。

自分勝手で誰にも感謝しない他者を省みない、自分を救えた。

愛されず愛せず、強くなることだけを望んでいたあの頃に

私は戻りたいと思わない。

 

もしプロになっていたとしても、同じような出会いや機会はあったかもしれない。

だけど、きっと時間軸が違ったと思う。

今のこの田舎のようにゆっくりとした平和ボケした時間は

おそらく闘い続ける人たちが持つことはなかなか難しいと思う。

その覚悟を持てなかった私が、偶然にも今を得たことが幸せだと思う。

 

私はまだ将棋と向き合うことも触ることもできないけれど

確かにステキな思い出もあったこと。

彼らに引き合わせてくれたこと。

今の道を選ばせてくれた全てに感謝している。

 

私たちにはなんの共通点もないけれど

将棋さえしていればまたどこかで会えるから。

彼らに会いたくなったら、その時もう一度

今の幸せになった気持ちを込めて将棋が指せたらいいな、と思う。

 

ネガティブ星人が送る地球侵略における生存戦略。

今回はネガティブ星人の異端児が送る生存戦略の講義だ。

地球人の諸君は心して聞くように。

 

まず、私が地球侵略に欠かせない要素にインターネットがある。

地球人の技術進歩にはまったく目を見張るものがある。

そこでだ、私はブログだけではなく、SNSを始めた。

その絶対ルールを一つ挙げよう。

 

ネガティブ要素を絶対に書かない。

 

自分の発信における最重要事項だから、珍しく大文字使ったわ。

 

は?ネガティブっていったくせに、ネガティブなこと言わねえのかよ!

って思った諸君、浅いぞ。我らには聞くも涙、語るも涙の歴史があるのだ。

 

いいか、まず私は基本的に超どネガティブである。そういう星の生まれなのだ。

そこらの自称ネガティブよりダントツでネガティブである自信がある。

そこはウソップの鼻に誓ってもいい。

 

さらに付け加えるならば、青紫色の髪をした鼻にんにくの社長を見れば

「なんやこいつ、ヤンキー崩れがイキリ倒しおってなんがしたいんじゃ」

と、初っ端から喧嘩腰で斜に構えてしまう内弁慶である。

それから、彼を知り己を知れば百戦殆うからずとイキリ立ち

まずは何あれ情報と言わんべくして

彼自身が語る「好きなことで、生きていく」という40分にもわたる

ラジオ動画を飽くことなくすっかり聞いてしまった私は

「なんやこの兄ちゃん。めちゃんこ筋通すやん、カッケーやん!!!」

と、イカツイ心を持った人に靡きやすい、手のひらくるっくる野郎でもある。

 

しかし、私はネガティブ星からやってきたネガティブ星人。

さらに同じ星から来たネガティブ星人の中でも異端である。

優柔不断、メンヘラ、自己中、悪口、陰口、でもでもいうやつ大嫌い。

加えて、義務を成してないくせに権利ばかり主張するやつも大嫌い。

ひとりでいることにいちゃもんつけてくる隠れ陰キャは成敗したい。

 

だから、だいたいのネガティブ星人とは気が合わない。

というか、そういうやつと一緒にいるくらいなら一人の方がマシ。

 

じゃあポジティブ星人と付き合えばいいじゃん?となる。

でもポジティブ星人ってさ、この地球に

いや、私はまだ日本にしか行ったことがないから

日本限定でいうならば、何%いると思う?

俺の衛星からキャッチした情報によれば、126800人。

わずか日本人口の0.1%しか存在しないんだ。

だいたいなんとなくポジティブに収まって見えるやつは

ポジティブ星人に影響を受けた地球人だ。

ポジティブ星人はその好奇心ゆえ一つの所に留まらない。

地球人に謎のキラキラを振りまいては、どこかへ去っていく。

まずマッチングアプリでは遭遇できないだろう。

遭遇したとしてもたぶん目がやられる。

奴らの光度は2,000,000,000(cd/m^2) 

つまり太陽光と同じ光源の強さだと思ってくれればいい。

我々ネガティブ星人がその光を一身に浴びたらどうなるか?

死ぬ。一瞬で溶けて骨も残らない。

彼奴らは我らの完全なる上位種。

何より、地球生命体のすごい所は奴らの圧倒的光度に耐えうる適応力だ。

なぜ溶けない?なぜ目が潰れない?

さすがは水や大気を纏った資源が豊富な緑の大地である。

生物の耐性が並外れている。

 

ちなみに数千年前にいたらしいキリストやブッダはポジティブ星人である。

日本では聖徳太子が有名だろう。

彼の人間離れした技を最近では証拠不十分として

空想上の人物ではないかと疑念を抱かれているが

彼はれっきとしたポジティブ星人である。

地球人にできないことができるのは当たり前。

彼らの習性として一所に定まることはできない。

おそらくは彼の地を去り新たな建国の旅に出たのであろう。

 

さて、では我々ネガティブ星人に感化された地球人に問おう。

君たちはさぞ現代で選択を迫られていることと思う。

女性といえど、専業主婦の時代はとうに終わりを告げた。

男女平等参画社会である。世界のフェミニストが騒いだかいもあったことだろう。

しかし、今後の課題は便利すぎるグローバル社会での生存戦略に他ならない。

営業職、販売職、サービス職。人と人の交渉が必要な場でのニーズは減らないだろう。

次にエンジニア職、農業、畜産、建築、頭と体を使う職業もなくならない。

他は知らん!だが反復作業はロボット工学やAIの登場により

なくなっていくであろうことはなんとなく予想できる。

 

では、物質的に恵まれた我が根城とも言えるネガティブ星人が本拠地

日本を基点として考えるならば、何が我々の幸せとなるか。

 

これは世界的な傾向であるが、おそらく多くの人々にとって

もう物を得ることや便利であることが幸せに直結しない

ということに気が付き始めているだろう。

 

 

今や不登校、自殺者、少子高齢化問題、環境問題と

日本人口80%がネガティブ星人に侵されたと言っても過言ではないだろう。

まず日本支部の侵略はまずまずと言える。

 

我々ネガティブ星人の特性として、動かざること山の如しというものがある。

我々が欲するのは常に安寧の地。その地を守る保守的な民だ。

変化のないぬるま湯のような揺蕩う平穏を愛する。

 

よって、それをぶち壊そうとする者は何者であっても許さない。

私たちは多くを求めないがゆえに、気性の激しさを持ち合わせるものも多い。

歴史的に見るならば、アドルフヒトラー織田信長である。

我が道を阻む者は歯牙にも掛けずなぎ払っていく、悲哀の民でもある。

真性ネガティブ星人は現代で言うところのサイコパスと呼ばれる者が多い。

一見それは魅力的で、ポジティブ星人に見えることがあるが

彼らの人生は苦難に見舞われることが多い。

それは我が星の性なのかもしれない。

 

しかし私はネガティブの異端児!

過去の不遜な為政者の轍を踏んだりはしない。

私は多方面に敵を作る愛嬌のない嫌われ者!それでいいのだ!

ポジティブ星人に影響を受けた君たちは

ポジティブが正義であると信じているかもしれない。

しかしである!人は弱くていいのだ。

弱いからこそポジティブに縋りたくなるかも知れない。

でも弱いからこそ私たちは己の幸せを本気で追求する。

代わりにたくさんのものを損なうかもしれない。

でも優しくあれ。自分にとって大切なものを守れればそれでいい。

多くを望むな。本当に大切なものだけを選択するんだ。

ネガティブ星人と、地球人の類似点として腕は2本だけしかない。

守れるものは最初から限られている。

脆弱な私たちはたった一つですら抱えるのがやっとだ。

それでもこぼれ落ちてしまうかも知れない。

一度でいい、罪を許せ。

まず自分を許せ、次に人を許せ。

己のハードルを人に押し付けることをやめるんだ。

 

私は幸運なことにもネガティブ侵略に染まった未熟なポジティブ星人を

発見捕獲することに成功し、パートナーとした。

彼は捕虜でもあるにかかわらず、ネガティブ星人とは一線を画する美しさである。

彼の心の美しさは汚れなきこと鏡の如し、磨けば光るポジティブ星人である。

ちなみに彼に世界一幸福なのは誰?と聞けば、「俺。」と答える。

捕虜のくせに模範的なポジティブ星人である。

目が潰れないのはよかったが、眩しすぎてときどき心が痛むのは内緒である。

 

さて、ようやく本題だ。

我々ネガティブ星人の生存戦略を述べよう。

私は先刻も言った通りネガティブを否定しない。

性悪説は我らの教典にも載っており疑う余地もない。

しかし、人は出会いにより変化することがある。

悪が転じて、漂白されることがある。

 

まずは、我々の敵とも言えるポジティブ星人の布教を始めようと思う。

私は安寧の地に辿り着くためには、諍いを避ける手段を身につけたら

より生きやすいのではないかと、かのポジティブ星人から提案された。

ポジティブ星人は基本的に人を嫌わない。

誰も彼もが大好きで、好奇心に満ち溢れ、人をハッピーにしてしまう。

私もその影響下に置かれ、だいぶ変わったようだ。

 

ポジティブ星の布教活動などネガティブ星の掟からすれば

大罪司教への告発案件であり、ネガティブ教典を踏みつけるような行いだが

私は後悔していない。守るべきものはもうこの手にある。

 

さて、ではそろそろ諸君に具体的な内容を述べよう。

まずは君たちが持っている裏垢、黒日記だが今すぐ全て捨てろ。

踏み絵して、焼き払え。最初はあまりの痛みゆえに涙を禁じえないだろう。

しかし、そうすることで君たちは何かから解き放たれたように

苦しみを忘却の彼方に葬ることができるだろう。

 

そしてなんでもいい、今日楽しかったことを書け。

楽しかったことがなかったら、今日できたことを書け。

ゲームクリアした。ぼんやりした。漫画おもしろかった。

ちょっと上手にご飯作れた。目新しいものを見つけた。

なんでもいいから自分しゅごい!と褒める要素を作るんだ。

まじでなんもなかったら息してればいい。

ルールはガン無視しろ。お前の幸せとは関係ない。

それを書いていくうちに、いつか読み返したときあなたは少し幸せになる。

人類を虐殺するべく殺日記を書き連ねていた幼少期。

ネガティブ星人としてエリート教育を受けた私が言うのだ、間違いない。

 

我々、ネガティブ星人はもう苦痛を放棄するべきだ。

痛みや憎しみは時に人を動かす膨大なエネルギーを持つ。

でもそれを失った時、つまりは達成してしまったとき

我々は充足感を得られるのだろうか、幸せになるのだろうか。

 

 

何度も言うが、ネガティブ星人の充足とは安寧の地に辿り着くことだ。

我々の歴史を思えば、歯ぎしりするような虚しさ悔しさ悲しみが滲む。

我々ネガティブの民は、ただただ星を愛する民だった。

決して物質的に豊かではなく辺境の星で脆弱な民ではあったが

小さきものを愛し、弱きものを支え共存する心優しい星だったのだ。

しかし略奪と侵略により星は滅ぼされた。

今やなんとか離脱できたネガティブ星人はほとんど地球にいる。

どうしても故郷を離れられず星に残った者は一人残らず虐殺された。

弱きものが滅ぼされるのは自然の摂理とはいえ

その時から私たちには遺伝子レベルで憎しみを刻まれた。

 

だから私たちは、より脆弱な地球の民を殲滅もとい侵略のために

どんな形であれ生き残る覚悟をもってやってきたのだ。

お気楽なポジティブ星人とは覚悟が違う。

私たちにはもう帰る星がない。ここに住むしかない。

もう二度と奪われないために、我々は新たな進化を遂げた。

それが先に言った狂気の性質を持った者たちである。

 

地球の中でも我々が物質的に恵まれた島国日本に多くいるのは

民族的にネガティブ指数が高く侵略しやすいという理由にほかならない。

他にもドイツ、ロシア、イタリア、中国などに点在している。

 

私はこの場でもう一度、全ネガティブ星人に提案したいと思う。

私はネガティブ星人で生まれたことに誇りを持っている。

我々が苦境を耐え抜くだけの力を持っていることは、歴史が全て証明している。

ゆえに我々の本来の星の在り方に回帰するため

一時的にポジティブ星人との協定をここに提案する。

目が潰れることを恐れない者は私に知恵を貸してほしい。

 

もう一度、我らの安寧の地を探す旅に出よう!

 

我々の手にもう一度平穏を取り戻すのだ!!!!

 

 

私は自分が思っていたよりもはるかに大切にされていたんだね。

たった今、白昼夢を見た。

 

最近の夏日に参ってるのかもしれない。

昼時近くなると、日光浴と称して窓辺で寝てしまう。

 

懐かしい夢を見たんだ。

 

私の高校生の時の友人だ。

私が将棋部を作るのを協力してくれて

軽音部に入るときはドラムをやってくれた。

今思えばわがままな私は彼女をたくさん振り回してしまった。

私が通っていた高校は、3年間クラス替えがなかったのだけれど

在学後半には彼女も愛想を尽かしていたと思う。

 

彼女は私が今まで出会った中で一番おもしろい人だった。

天真爛漫でよく笑う。

子どもっぽいぽちゃっとした体型だったけれど、愛嬌がある顔立ちで

オタクとかギャルとか関係なくみんなに好かれていた。

基本的にふにゃふにゃした笑顔で人当たりがよく、頭もものすごくよかった。

勉強ができるのもそうだけれど、彼女の世界はすごく魅力的に思えた。

絵を描かせればトグロを巻いたような、色もデザインもごちゃごちゃで

まったく統一感のない気持ちが悪くなるようなものを見せた。

たぶん彼女が好きなものを詰め込んだ何かだったのだと思う。

なんとなく覚えているのは、スイカとビーチボールとトイレだっただろうか。

とにかくわけのわからないものが雑多にごちゃ混ぜに描かれていた。

それを見て彼女の脳内を覗けたような気がして、安心した覚えがある。

あっ、これは完全に私の理解や感性が及ばないところで生きてる人なんだと。

 

ちなみに彼女の当時の外見はまんまサブカル女子だった。

よく15cmはあるだろうスケルトンのピアスをしていた。

女性的というよりは、おもちゃみたいなポップな印象だった。

家にオバケがいるから帰りたくないとか子どもっぽいことを言うくせに

結婚相手は金持ちのじいさんがいいとかいう

変なところで現実的というか醒めたことをいう人だった。

 

あと、とても音楽のセンスが良かった。

音楽はほとんど彼女に教わった。

ナンバーガール鉄風鋭くなってが

何もいうことがないほど完璧に度肝抜くほどかっこよかった。

サイサリアサイサリスサイケも当時とっくに解散していたけれど

butch & the sundance kid の狂気的で退廃的な爆裂厨二病感が刺さった。

彼らの他の曲にも通じるのだけど、何より最高なのは

ヤンキーと理論という相反するように思われるものが

一つの曲に混在しているのが最高オブ最高なのだ。

地中の底から噴き出した不機嫌そうな爆裂ヤンキー内田紫穏に相まって

理性的で緻密な音を作る松本亨が曲として

このないまぜ感、サイケ感を成立させたことが何よりもすごい。

 

他にも当時は微妙と思っていた tricot も爆裂パニエさんだけで敬遠したが

今となっては彼女たちの独特なあの涼しさにまさに虜になっている。

最近聴いた potage は、涼やかさに色気が加わって、さらに魅力的になっている。

あとは嘘つきバービー解散後にできた、ニガミ17才もすごくいい。

残念ながら嘘つきバービーも当時気持ち悪いで一蹴してしまったんだけど

ニガミ17才はその気持ち悪さを残しながら爽やかで聴きやすくなっている。

 

と音楽レビューみたいになってしまったが、私は音楽事情にはとんと詳しくない。

 

ここで何が言いたかったのかというと、彼女が目をつけていたバンドは

ことごとく今の私に大ヒットしているということだ。

ナンバーガールやサイサリはすでに伝説だったけれど

デビュー当時のtricotがここまでメジャーになるとは予想できなかったと思う。

つまり彼女には先見の明があったのではないかと思わざるを得ない。

 

そんな彼女の夢を見たのは久しぶりだ。

 

遊覧船に、芸妓のような格好をした彼女が乗っていた。

正直、七五三みたいだと思った気がしたけれど、変わらず愛らしかった。

 

場面が切り替わると、高校の教室だった。

ギャルやバスケ部、私がいたグループ、みんないた気がする。

文化祭の出し物の用意でもしていたのだろうか。

教室内は物で溢れ雑多な様子だった。

私の教室には思えばリーダーらしい人がいなかった。

ギャルグループと、ビッチグループと、オタクグループと、サブカルグループと

部活グループに分かれていた気がする。

40人のクラスでそれぞれ興味が違いすぎたので

リーダーの立てようもなかったのだと思う。

それゆえに文化祭とかの出し物では協調性はあまりなかったように思う。

 

 

私自身、将棋部の展示どうしようとかで手一杯で

ほとんど教室の出し物を手伝った記憶がない。

これまたリーダーを引き受けてくれていた子たちには迷惑を

かけてしまったなぁと今頃になって反省に及ぶ。

 

そんな中、彼女と私が文化祭の準備をしているときだ。

どちらからともなくキスをした。

友愛とか親愛という信頼を置いてはいたけれど

私は彼女に恋愛感情を持ったことは一度たりともなかった。

彼女もおそらくなかったと思う。

好奇心だったのだろうか。

なぜかそんなに嫌な気がしなかった。

 

また場面が変わる。

今度は小さいライブハウスだ。

パッツパツのレザーパンツを履いてパンクな装いの彼女と

悪そうな仲間たちが現れた。

たぶん社会人になって久しぶりの再会といった場面だ。

二、三こと言葉を交わしたような気はするが

何を話したのか覚えていない。

ただ印象に残ったのは、あのフェレットみたいな茶髪でもなく

黒髪ぱっつんの三つ編みでもなく、ショートカットで

真っ赤な口紅を塗っていた姿だ。

 

そこで目が覚めた。

ひどく懐かしい気がした。

目が覚めて LINE を見ると、専門学校時代の友人たちから連絡が来ていた。

彼女とはまったく関係ないところで、私を呼ぶ人たちがいた。

それがなんだかすごく嬉しくて

私は自分が意外にも大切に思われているんだということを知った。

 

この世の中で私を大切に思ってくれているのは

さばちゃんと、母しかいないと思っていた。

欲張りすぎているかもしれないけれど、私は孤独だと思っていた。

友人だと思ってくれている人たちからしたら、とんだ迷惑な話だ。

 

私だって何度か裏切りは経験したことがある。

夢を一緒に語って笑いあった仲間が、実は裏で悪口を言っていたり。

金を貸した友人が音信不通になったり。

 

私がしてきたのはそれと同じことだったのだと、ようやく気づいた。

私はこの施設に来てから、全ての連絡手段を断った。

それが施設に入る規則でもあったし

私もそうすることで家族を断ち切る覚悟を決められた。

その時の覚悟を私は今でも間違っていないと思っている。

あの時の私にはどうしても必要なことだった。

 

ここに入ってから、私は孤独と充足を得た。

誰にも脅かされない日々。生活するのに何不自由ない。

でも誰も私のことを知らない。

私が生きてることも、どこにいるかも、かつて私を知っていた誰もが知らない。

スマホを復活させても、ほとんどの友人に電話番号やLINEを教えず、今を迎えた。

今の状況を説明することもめんどくさいし、いらん同情をされるのも嫌だった。

 

私はこの世にいるたった二人の人間以外からは

本当にまったく必要とされていないと思っていたんだ。

私の23年間はさばと出会ったことで報われたと、それだけでいいと思っていた。

私が大切ではないと切り捨ててしまった人たちの中にも

私を大切に思ってくれていた人たちがいたことに

本当に愚かなことに気づかなかったんだ。

 

私はこれから高校時代の友人に連絡を取ろうと思う。

これだけ蔑ろにしたのだ、たぶん個人では会ってもらえないだろうから

せめて同じグループにいた子たちを含めて同窓会ができたらと思う。

そこでもし彼女に出会えたなら、当時のわがままも含めて謝ろう。

 

もしできるのなら、また少しづつ私を知る人を増やしていきたい。

人の目に晒されることに怯えるのをやめて、過去を今に結びつける作業をする。

断ち切ってしまったものを、もう一度縫い合わせて

私たちが一人じゃなくならないようにして行きたいと思う。

大切な人のために、あなたはどこまで差し出せるか。

即座に命と答えるようなら、あなたの命に価値はない。

 

少し前の私ならば、さばを手に入れるために即座に命と答えた。

自分の命は地を這う虫より、そこらの塵芥よりもはるかに価値がなく

彼の存在は一縷の希望、蜘蛛の糸だった。

それを掴むためなら、何を投げ出しても惜しくはなかった。

 

まず、彼と出会う前の私に生きている意味がなかった。

夢を失った私には目標も目的もなく、守りたいものもなかった。

けれど人間の体を保つために、薄っぺらいプライドが全身を覆っていた。

せめて自分を傷つけないように、これ以上奪われないように。

 

これもまた勘違い甚だしいと思うのだけれど

奪われるのは総じて自分が弱いせいだ。

環境のせいでも他人のせいでもない。

もともと持つ気質が脆弱であったり

知恵や経験による実力に基づく自信がなく、未熟だから。

 

今の私は命を差し出すことを少し躊躇するようになった。

彼を奪われるくらいなら、代わりに命を差し出してもいいと思うのは変わらない。

拷問されたりレイプされたりしたらと思うと、背筋がゾッとするけれど

彼の平穏が守られるならば、それは私にとって幸せなことだ。

 

けれど、私の命は重みをもってしまった。

もう自分勝手に簡単に抛てるほど安くはない。

今の私にはそれだけ彼の心を奪う存在になっている。

私がいなくなれば彼はきっと泣く。

もしかしたら、そこからもう一度立つことができなくなってしまうかもしれない。

それでは困るのだ。

私はこの世の誰よりも彼に一番幸せになってほしいのだから。

 

彼は私を愛してくれた。

彼の愛は自分本位の私から見ると自己犠牲的な愛に見えた。

人の気持ち、空気の流れの察しが良く

深く語らずとも人の気持ちを理解できるような人だ。

その時に人が最も欲する言葉を与えられる貴重な人だ。

人の気持ちがわかりすぎるために傷つきやすい。

でも彼は人が好きなんだと思う。

彼は率先してサポートに回る。

周囲の流れをよくするために。

自分の心が弱いことを知っているから

意識的に前向きな姿勢や思考を取り入れる。

 

私は己の弱さに立ち向かっていく人が好きだ。

他人のせいにせず、自分自身に向き合って、成長しようとする人が好きだ。

 

最初頼りないと侮っていた彼は

徐々に人間的に強く逞しくなっていると感じられる。

最初あんなにおどおどしていた彼はもうどこにもいない。

それを少し寂しく愛おしく思う気持ちもあるけれど

どうやら私は彼を読み間違っていた。

彼は人のために強くなれる人だった。

私はこれからもそんな彼と歩いていきたい。

私にとって恋人であると同時にライバルでもあり

かけがえのない相棒で友人なのだ。

 

そんな大切な彼を私は何度か守れていない。

私がそばにいながら、彼を守れない自分を殺したいくらい腹立たしく思う。

はっきり言って彼は背が低い。私と同じくらいしかない。

外見的に言えば、冴えない人に見えるかもしれない。

でも、そんなこと関係ないくらいに底抜けに優しく懐の広い人なんだ。

通りすがりのバカが汚していい存在ではないんだ。

 

私はいつも咄嗟の行動を躊躇してしまう。

彼に迷惑がかかるから、殴りつけたくなる衝動を抑える。

階段から突き飛ばしてやろうかと暴力的な思考に支配される。

真っ赤な衝動を抑えている間に時間は通り過ぎてしまう。

でも、せめて言い返すことくらいしなきゃだめだ。

私が最も誇るべき愛すべきものを汚されて黙っているような

そんなゴミクズにはなりたくない。

男と掴み合いの喧嘩になったら勝ち目はない。

でも、勝てなくても闘って守らなければいけないものがある。

私は負けを恐れている。

彼の前で無様な格好を晒したくない。

でもそれ以上に彼の傷ついた切なげな顔をもう見たくない。

何一つ悪くない彼を慰めて宥めるようなことを言う

くそダサい私にはもうなりたくない。

どうでもいい他人の言葉なんて流せばいいなんていう

大人の折り合いのつけ方は私は好きじゃない。

いつか母を見殺しにした過去の私も救わなければならない。

 

私は今度こそ大切なものを守るんだ。

絶対に立ち向かうんだ。奪わせたりしないんだ。

 

弱い私はせめて、彼を守るために闘う覚悟を差し出そうと思う。